キャリアコンサルタント・宮治の自分史 Vol.2【中学生~高校生(前半)編】

「こんな人生歩んできました」と自己紹介を兼ねてスタートした「キャリアコンサルタント・宮治の自分史」シリーズ。

Vo2.では、中学生~高校生(前半)のエピソードをご紹介します。
 

松本から故郷の札幌へ

父の転勤で、小学6年生から中学2年生までを長野県松本市で過ごした私は、中学3年生で札幌に戻ることになりました。

「住めば都」、とよく言いますが、すっかり松本に馴染んでいたので、札幌に戻ると決まった時は、正直全く嬉しくなく…。

勉強はあまり得意ではありませんでしたが、陸上部の部活動と友達と遊ぶことを楽しみに過ごせていたことも理由の一つです。

(余談ですが、「陸上部だった」という話を、95%以上の方に信じてもらえない悲しみを大人になってから味わっています…笑)
 
あと、小学校も最後の1年で転校していますし、中学校はそのまま松本の中学校を卒業できたらいいなと思っていたので、また最後の1年だけ違う学校に通うのかと気が重たくもなりました。
 
ただ、札幌は大好きな街ですし、故郷です。

ずっと松本にいたいなと思いながらも、いずれ札幌に帰ることははじめからわかっていたことなので、札幌に帰ってきたら思ったよりもスムーズに気持ちの整理もできたことを覚えています。

転校してすぐに受けた学力テストの結果を見るまでは…。

高校生になれないかもしれない問題勃発

「このままでは公立高校は無理だね。私立高校も限られるだろうから受験厳しいね。」

転校してはじめて受けた学力テストの散々たる結果を見て、先生に鼻で笑われながら言われました。

特に理科が致命的でした。

60点満点中、6点。10%の正答率。

しかもわからなくて適当に丸をつけた選択問題がたまたま合っていただけの6点です。

勉強に力を入れていなかったにしても、ここまで悲惨な状況だとは思っていなかったので、本当にショックでした。

そしてショックとともに、鼻で笑った先生の顔が浮かんできて、自分でも感じたことがない感情が芽生えました。

「絶対見返してやる!」という勝気な感情です。
 

そこからこの1年はとにかく勉強に集中しよう!と決意。

塾に行かせてもらえることになり、私はあえて学区外の塾を選びました。

学区内の塾よりも家から近いという理由もありますが、何より誰も私を知らない環境で勉強に集中したいと考えたからです。
 

「私って、本当に勉強できないんだな…」と実感してからは、すっかり自信を失い、学校ではあまり積極的な行動ができなくなっていました。

「感情が行動に影響する」と小学生の時に大長縄飛びで知っていた私は、環境を変えれば、きっと感情も変わる。

そうすれば、行動できるようになると考えたのです。

私のことを誰も知らない環境なら、第一印象から「この人は勉強できない人」なので、それ以上自信を失うことはありません。

できることを増やして「思ったよりこの人は勉強できる人」になればいいだけです。

とても気が楽になり勉強に集中できました。

 

結果として、公立・私立ともに志望校に合格。

「どうして高校に行きたかったのか」と聞かれたら、「【中学を卒業したら高校生になる】ことを当然のことと思っていて、何の疑問も持っていなかったから」としか答えられないのですが…。

無事に高校生になれたことの嬉しさ(というより安堵感)は、いまでもはっきり覚えています。

▲単語帳も作っていたんですが、小さいスペースに文字を書くことが苦手ですぐに挫折。(私の字が大きすぎるから…笑)自分専用の問題集を作ろうと、ノートのページを真ん中から半分に折って、左側に質問を、右側に答えを書いてひたすら解きまくりました。大人になってからも基本このスタイルで勉強しています。

燃え尽き症候群と言われはじめる

念願の高校生になって、どんな高校生活を送ろうとわくわくしていた気持ちもある反面、正直どこか心のダルさも感じていました。

友達もすぐできたし、理不尽な先生も先輩もいない。

学校の授業もめちゃめちゃできるわけではないけれど、全くわからない状態ではない。

でも、心が疲れ切っているとはっきりわかりました。

やらなければいけないことはちゃんとやりましたが、プラスαで何かやることを心が全力で拒否。

明日何やりたいかすらよくわからないので、目の前の、目先のことだけとにかくこなす毎日でした。

何人もの人に「高校受験の燃え尽き症候群じゃない?」と言われましたが、朝も起きれるし、学校には行けてるし、会話も苦じゃないし、睡眠もとれている。

勉強以外の遊びとか趣味はとことん楽しめている。

なので、あまり深く考えていませんでしたが、ただダラダラ何となく過ごし、半年くらい経ってくると言葉で表現できない焦りが生まれてきました。

 

2年生からのクラス分けの話が出てきたり、友達が進路を考え始めたタイミングです。

明日のこともよくわからない私に、将来何をしたいのか聞かれても本当に困りました。

札幌の小学校のクラブ活動で手話や点字をやっていたので、福祉関係の仕事には興味はありました。

ただ生涯の仕事にしたいかと聞かれると、福祉に限らずなのですが、根本的に「働く」ということに関して全くイメージが湧かなかったのです。

 

そんな焦りを感じながら何も前進することがなかった高校1年の秋。

ある先生がテスト前に私に話しかけてきました。

入学当初、意欲的になれない私に「燃え尽き症候群じゃないのか?3ヵ月くらいはゆっくり休むのもいいかもね」と声をかけてくれた先生です。

ただ、今回は真逆の話でした。

「いつまで休んでいるんだ。お前はやればできるんだから、1度でいいし、1科目だけでいいから、これ以上勉強することないって思えるくらい必死に勉強してみなさい。」
 

確かに以前ゆっくり休めと言ってくれた期間は3ヵ月過ぎていました。

でも、ハッキリ言うとその先生のことをウザかった。

私のことは何でもお見通しと言わんばかりのドヤ顔で自信満々に言われて、「私の何を知ってんの?」と嫌悪感すら芽生えました。

「やればできる」って、「やらないとできない」と自覚があるのに、何でわざわざ言ってきたのか。

他のクラスメイトもたくさんいたのに、なんで私にだけ言ってきたのか。

そもそも赤点も取っていないし、赤点スレスレでもない。

むしろ他の科目に比べると平均以上の順位に入っていたし、その先生の担当科目は、私の中では得意科目でもあったので、段々腹立たしくなってきました。

その日は宿題すらやる気が起きず、そのまま放置…。

(放置したものの、翌朝早起きして宿題やる。基本小心者です。)

 

翌日になっても腹立たしさが消えていなかったのか、友達から「機嫌が悪い」と指摘され、我に返ります。

先生の言葉を無視して、今までと変わらず過ごそうと決めていたのに「機嫌が悪い」空気を出しているということは、全然無視できてないじゃないかと。

そこで、先生の言葉を冷静に受け止めようと思い、自分の感情と向き合ってみることにしました。
 

その時一番私が向き合う必要があったのが、「なぜ先生の話がウザいと思ったか」ということです。

言われた時は感情的になってしまい、全く気づきませんでしたが、冷静なるとその答えは簡単に出てきました。

▲まわりから「燃え尽き症候群」と言われていた時期は、家のソファーでゴロゴロしているか、学校近くの商業施設で遊んでいるかのどちらかでした。楽しく遊んでいましたし、弁口以外の興味は本当にあったので、「燃え尽き症候群」というよりも単純に「勉強が面倒」だっただけだと思っています。

努力=諦めずにやり続けること

「なぜ先生の話がウザいと思ったのか」

ひとつは、「いつまでも休んでいる」ことは自分でも充分自覚をしていて、言われなくても分かっているという反発心。

もうひとつは、「言われなくても分かっているよ」というこれも反発心。

明確な目標とか目的はみつかってないけれど、『「テストで100点取る」とかでもいいからそれ目指して勉強したら何か変わってくるかも?』って思っていた矢先のことだったので、自分で気づいてやろうとしていたことを先に先生に言われて腹が立った、ただそれだけのことでした。

 

ただ、やろうとしていていても、やっていなかったらやっていないのと同じ。

結果的に先生の話をきっかけに、私は時間が許す限りテスト勉強しようと決めました。

はじめはなかなか集中できなかったりしましたが、勉強の邪魔になるものを視界に入らないようにしたり、テストの点数が良い友達からどんな勉強しているかを聞いたりしながら、勉強中心の生活にシフトしていけるように試行錯誤していきました。

全科目力を入れることは難しかったけれど、結果として全科目10点~30点テストの結果が良くなりました。

特に、理数系が苦手でよくても半分取れればよい方だったので、数学で80点台とか奇跡でした。

文系科目は90点台が増え、素直に嬉しかったです。


「やればできる」確かにその通りでした。

「やらないとできない」当たり前のことでした。

私は要領を得ればサクサクできるようになりますが、要領を得るまでに時間がかかるタイプです。

それは小学校からの学校生活で自覚したことです。

クラスの中で同じタイミングで同じ説明を受けて、1回でできる人とできない人がいます。

私は必ず「できない人」でした。

ただ、何回か続けるうちにできるようになったので、いつしか「人の3倍以上やればできるようになる」と自覚していました。

高校に入ってから勉強しなくても平均くらいはできていたのは、高校の受験勉強の頑張り貯金があったから。

「そろそろ勉強しないと」と思い始めたのも、この頑張り貯金がもうなくなってきていることに自分で気づいていたからです。
 

「努力は必ず報われる」

この言葉には賛否両論があります。

ただ私はこの言葉を信じています。

私の中で「努力」とは、「諦めずにやり続けること」。

途中で寄り道をしたとしても、休んだとしても、半歩ずつの遅い前進だったとしても、やり続けることが努力だと思っているので、諦めないでやり続ければ結果として描く未来を生きていける、そう信じています。

もちろん努力しても報われないことは山ほどあります。

でも努力していたことが他の何かに活かされることもありますし、何年後か、何十年後かに活かされることもあります。

自分で努力してきたことは、自分の中に経験として貯まっていき、必要な時に活かすことができる。

だからこそ、要領が悪くて1回でできなくても何度でもチャレンジをしてできるようになりたい。

自分が「これだ!」と決めたことは、この頃からコツコツ頑張る癖がついたのかなと当時を思い出しながら振り返ってみました。

次回は、高校生の後半から振り返っていきます。