会社員にこだわっていた私が、フリーランスになった理由

札幌のキャリアコンサルタント・宮治 有希乃(ミヤジ ユキノ)です。

「宮治って誰?」と興味を持って下さった方は、ぜひ詳しいプロフィールをこちらからご覧いただけると嬉しいです。

私は思いがけず、2018年10月からフリーランスとして働き始めていますが、これを機に思い切ってブログを始めることにしました。

これまでは、あらゆるブログが好きな、いち読者でしたが、これからは私も誰かの何かの役に立てたるようなブログを書いて発信していきたいと思ったのです。

「誰かの一歩踏み出すきっかけになる。」


等身大の私のブログが、どんなお役に立てるのかは未知数ですが、きっと誰かの一歩になる日が来ると信じて、育てていきます。

ざっくりとしていますが、キャリアをテーマにしていきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。

私のベストは、「会社員×フリーランス」のパラレルワーカー

フリーランスになった私ですが、ずっと会社員として雇用されて働く働き方にこだわって生きてきました。

いつ どんな状況で どんな価値観テストを受けても、必ず上位に「安心・安定」がくるタイプで、生活の基盤がつくりづらい働き方は避けたかったからです。

会社員だから絶対安定しているとは思っていませんが、たとえリストラや倒産に直面しても、会社員であることで受けられる社会保障があることが、大きな魅力でした。

ただ、社会人としての経験を積めば積むほど、会社の枠にとらわれず、自分でやりたいことを仕事にしてみたいという気持ちも芽生え始めたことから、2014年から「会社員×フリーランス」のパラレルワーカー(複業家)にチャレンジ。

このスタイルで4年ほど働いてみた結果、安定を確保しながら、自分でやりたいことにも取り組めることが最高すぎたので、所属会社が変わってもずっとこのスタイルで働こうと決めました。

なので、2018年8月末に当時勤めていたローカルITベンチャーを退職した後も、別の会社への転職し、その仕事に慣れてから自分でやりたいことをやっていくつもりでした。

1ヵ月以上続いた地震酔い

2018年9月から、新しい働き方にチャレンジしたいと思い、フルリモートで働けるHRベンチャーに転職しました。

全国各地、というよりも世界中に同僚がいる環境。出社義務がなくオンライン上に職場があるという環境。今まで経験したことがない環境にわくわくしながらも、社員のプロ意識の高さに初日から強い刺激を受けたことを覚えています。

慣れた環境を離れて新しい挑戦をすると決めたからには、とことん頑張る!と相当意気込んでいましたが、転職4日目に北海道胆振東部地震が発生し、やむなく2日間仕事を休みました。

幸い、地震の影響はほぼなく、電気も水道も一晩不自由したくらいで思ったより早く復旧し、数日で日常生活を取り戻すことができましたのですが…

どうしても、身体の異変を感じずにはいられませんでした。

とにかくいつも揺れているのです。

確かに地震は続いていましたが、何時間も揺れる地震はありません。
なので、私が揺れているのだと自覚しました。

仕事中も横になっている時も、意識がある時は常に揺れていて、集中することができないもどかしさを感じ始めたころ、「地震後めまい症候群(地震酔い)」という症状があることを知りました。

地震の影響なんだと、揺れの原因が分かって気持ちは軽くなったのですが、揺れは一向に収まる気配もなく、だんだん気持ちも滅入ることが増えてきて、当時は、焦りしかなかったです。

結局、地震酔いには1か月以上悩むことになりました。

▲電気が復旧した日の様子。街の明かりがこんなに安心を与えてくれるのだと、日ごろあたり前に使っている電気を大切にしようと心の底から思いました。

父への想い

気合十分で新しい仕事をはじめた私でしたが、慣れない環境での緊張や、どうしても収まらない地震酔いが続き、今までに経験したことがないほど、身体も心も乱れていくのが自分でもハッキリと分かるようになっていきました。

ただ、地震酔いだけが原因でこの状況になっているわけではないことは、自分が一番よくわかっていました。

闘病中の父のことが心配で仕方なかったのです。

その時、父は末期がんと闘っていて、一緒に過ごせる時間が残りわずかということも受け入れなければいけない状況でした。

新しい環境、収まらない地震酔い、父のこと。

地震酔いは想定外でしたが、父のことがあっても頑張っていけると自信をもってスタートした新生活は、もろくて弱い自分との葛藤の日々でした。

そんな悶々とした葛藤の中から出てきた素直な気持ちは、「何よりも父との時間を大切にしたい」ということ。

この素直な気持ちを大切にしようと、迷いに迷った結果、こだわり続けていた会社員の働き方ができなくなったとしても、仕事の量を減らそうと決めました。

フルリモートなので、父のそばで仕事をすることもできましたが、自分が思うほど器用ではなく、気持ちの切り替えが難しかったので、仕事の量を減らすことで時間を作りたかったのです。

完全に私の事情でご迷惑をかける形になるのにも関わらず、仕事を調整をしてくださった皆さんには、本当に心から感謝しています。

このタイミングで、雇用されて働く会社員ではなくなりましたが、場所の自由だけではなく、時間の自由もききやすい形で働けるようになり、父との時間も増やすことができました。

また、覚悟していた時期よりも早く父との別れが来ると分かり、会社の仕事を離れる決断をした時も、「タイミングが来たら、また戻ってくればいい」と言っていただき、ただただ感謝の気持ちがあふれました。

仕事を離れる決断は、これまで私が働くことを応援してくれていた父をがっかりさせてしまうのではないかという迷いもあったのですが、仕事を離れたことで、今まで聞いたことがなかった父の話も存分に聞く時間が持てましたし、父と楽しい時間を過ごせたので、後悔はありません。

父との別れから1ヶ月が経った今、この父との時間が私に大きな力を与えてくれています。

父は父が良く思っていないことがあっても、「ゆきが決めたことだから、父さんは応援するよ」と、私のことを尊重し、応援し、ただただ幸せを願ってくれてました。

最後に話した日も、私が幸せに生きていくことを本当に願ってくれたのですが、そんな父の想いを改めて受け止めた時に、「また、とことん働こう」という気持ちが湧いてきました。

▲父が「人生最良の日」と言ってくれた私の結婚式。花嫁の手紙をビジネスモードで淡々と読み上げた私の代わりに泣いてくれた優しい父です。

過去の選択を信じ、今の私をとことん生きる

もし地震酔いにならなかったら…。
会社員として新しい仕事をしながら、父との時間も取れていたかもしれない。

慣れた環境で働き続けていたら…。
介護休暇を利用して、父との時間が取れていたかもしれない。

Ifの世界をいくら考えても意味がないのですが、2018年は本当に色々な選択をする機会が多い1年でした。

正直、どの選択が正しかったのかはわかりませんが、その時、その時の自分が真剣に考えて、自分で選択してきた結果が今の私です。

会社員にこだわっていた私が、フリーランスになったのも、自分の選択の結果です。

なので、フリーランスになりたいとは思っていませんでしたが、自分で選択してきた結果なら、自分が一番信じたいですし、きっと父も信じてくれている。

そんな風に思うと、今の私をとことん生きようと、前を向くことができました。

人生は選択の連続ですが、これからも自分が選択した道を信じて歩んでいけば、振り返った時に私らしい道が出ていると思うので、自信をもって一歩一歩進んでいきます。

今後ともよろしくお願いいたします。